殿様千石たこ道中小説


オリジナル小説<三匹の狼>


第三話「漆黒の 闇に輝く 二本の刃」

 桑名の宿場町まであともう少しというところで日が暮れたため、 鉄馬達は川の側にあった水車小屋に泊まることを余儀なくされた。 その夜は月が完全に雲によって隠され、 自分達の一歩先も見えないほどの濃い闇に被われていたのである。 「あーあ、せやから子供連れの旅には反対やったんや」 普段は女子供に優しい夜叉丸だったが、お雪とだけは口ゲンカが絶えなかった。 しかし、ひとつ前の宿場町で宿を取ろうと言った鉄馬に反対して強引に桑名まで行こうと決めたのは 夜叉丸だった。 「まったく、あの頃とちっとも変わらんな」 鉄馬は、はじめて夜叉丸と出会った頃のことを思い出していた。 夜叉丸は当時、黒翔組が抗争を繰り返していた組の戦闘用員として働いていた。 わずか6歳という年齢ながら、幼い頃から幾度となく修羅場をくぐってきた夜叉丸は 大人達に劣らない働きをしていた。 夜叉丸がいた組が黒翔組によって滅ぼされ、 返り血で真っ赤に染まった夜叉丸が宗之助に背負われて黒翔組にやってきたとき、 夜叉丸は宗之助の背中でなんとも無邪気な顔をして寝息をたてていた。 「おい、それ俺の鮎やないか!」 その夜叉丸の声で鉄馬は現実に引き戻された。 「別にいいじゃない。どれが誰のって決まってたわけじゃなし」 「なんで俺の半分ほどの大きさしかないお前が一番おっきいやつ食べんねん!」 夜叉丸とお雪が言い争いを続けていると、黒虎が二番目に大きな鮎を掴んで口にはこんだ。 「あ、黒、てめえまで!」 怒りにふるえている夜叉丸を横目に、黒虎親子はすました顔で鮎を食べはじめた。 「やめろ、夜叉丸。俺のを半分やるから機嫌なおせ」 夜叉丸は自分のぶんと鉄馬にもらったぶんをさっさと食べ終わると、真っ先に寝てしまった。  「ぐおー、ぐががっがが…」 物音ひとつしない静寂の闇の中、夜叉丸のいびきだけが大きく響きわたっていた。 黒虎は静かに水車小屋の扉を開けると、小屋の外に出た。 勘を頼りにしばらく歩いた後、突然漆黒の闇にむかって語りかけた。 「おい、ジンライ。いるんだろ。姿を見せろよ」 しばしの静寂の後、黒虎の目の前の草むらがガサガサと音をたて、 ひとりの忍装束の男が姿をあらわした。 夜の闇と同化し、かすかに人の影が判別できるだけのために顔までは分からないが、 蒼い目と金色の髪はあきらかに日本人のそれではなかった。 「オー、さすがは黒田殿。おひさしぶりでございます」 本来忍のものにはふさわしくない目立った容姿をしたこの男の正体は、 相手に自分の姿をいっさい見せずに首をとることができる一流の御庭番であった。 「御庭番のお主が俺になんの用だ」 「お雪だけならまだしも、正体のわからない流れ者と旅を共にするとはどういうおつもりですカ?」 「正体のわからない流れ者ではない。黒翔組の五代目組長宗之助の次男、鉄馬だ」 「ということは隣にいる背の高い男は大坂で有名な千両傷の夜叉丸ですネ」 「ああ、そういうことだ。あの二人ならばいずれ緒方とも渡り合えるようになるやもしれん」 「黒田殿ご自身はどうされるおつもりですカ?」 「…。5年前ならば倒せた自信があるが、今では良くて相討ちというところだろう」 黒虎は星ひとつない夜の闇を見上げた。 「その緒方恭史郎ですが、また新たに二人の隠密を斬り飛騨の山の中に消えていったそうです」 「そうか。やつが先代の上様を憎む気持ち、わからぬでもないが・・・」 「黒田殿、そのような半端なお気持ちでは命を落としますゾ」 「いや、どっちにしろ、俺にはあの男は斬れん…」 「それは任務を遂行できないという意味ですカ?」 「そうは言っていない。多数の同志を殺されたことは許すつもりはない」 黒虎とジンライはお互いしばらくのあいだ沈黙し、相手の思考をさぐりあった。 「では本題に入りましょう。次の桑名の宿場町に滞在している畠山言継という男について  調べていただきたい」 「そんなこと、下忍にでもやらせればいいだろう」 黒虎は面倒くさそうに答えた。 「いえ、どうやら相手は公家のようなのです。  もし失敗すれば幕府と朝廷の問題に発展するかもしれません」 「おいおい、幕府の力ってのはそんなに衰えてきてるのか。  …まあいい、やってやるよ。しかし、ひとつだけ条件がある」 「何でしょうカ」 「ジンライ、お主が身につけている二本の小太刀、譲ってもらえんか」 これにはさすがの御庭番も動揺を隠せなかった。 「こ、これは先代の上様からいただいた名刀、大和と武蔵です。いかに黒田殿のたのみとはいえ…」 「いいじゃねえか。そこらへんの刀では5,6人も斬りゃあ刃がボロボロになっちまうんだよ。  それに、お前の武器はメリケン国仕込みの怪しげな術だろ。お前には宝の持ち腐れってもんだよ」 黒虎は、嫌ならやめてもいいんだと言いたげに右手を差し出した。 「…わかりました」 ジンライはしぶしぶ背中に背負っていた小太刀と腰に提げていた小太刀の両方をはずし、 黒虎のほうに放り投げた。 「では、私は引き続き緒方恭史郎の足取りを追います」 ジンライは再び闇の中に溶け込んでいった。  「なんや、これ!」 翌朝目を覚ました夜叉丸は枕元に置かれていた小太刀を見てすっとんきょうな声を上げた。 「なぁに、昨日の鮎のお詫びだよ」 黒虎は目を瞑ったままで面倒くさそうに答えた。 「で、俺達に何をしろと言うんや?」 夜叉丸の声で起こされた鉄馬が黒虎に訊ねた。 「ほう、さすが話が早い。じつは、ある男について調べるのを手伝ってほしいんだ」 「遠回しな言い方やな。そのある男ってのは一体誰なんや?」 「公家だ」 「公家ぇ?!」 鉄馬と夜叉丸の叫び声に、お雪も目を覚ました。  桑名の宿場町にはいった鉄馬達は、夜叉丸とお雪をそば屋に残して骨董品屋にやってきた。 「よーし、これにしよう。おい、有り金全部出しな」 黒虎は店で最も派手な装飾が施された壺を手に取ると、 脅し文句のような口調で鉄馬の財布を奪い取った。 「お、おい。こんなもんがほんまに何かの役にたつんか?」 「公家ってのはだいたいこういう悪趣味なもんが好きなんだよ。まぁまかせとけって」 黒虎は店主に代金を渡すと壺を受け取った。 「あのぉ、買っていただいたお客様にこういうことを言うのはどうかと思うのですが、  お公家様のところに行かれるのはおやめになられたほうが…」 店主は黒虎に耳打ちした。 「どういうことだ」 「じつは…、お公家様のところに行ったまま戻ってこないものが大勢いるのです。  そのことをお公家様に訊ねに行った方々も…」 「なるほどな。それは良いことを聞いた」 黒虎は壺を入れた箱を脇に抱えると、店主に一礼をして店を後にした。 「おいおい、落とすなよ。俺らの全財産がかかってるんやからな」 鉄馬が心配そうにその後をついていった。  一方そのころ、そば屋に取り残された夜叉丸とお雪は、 お互いに一言も言葉を交わしていなかった。 「へい、ざるそば二丁お待ち」 ざるそばが運ばれてくると、お雪は待ってましたとばかりに口に運ぼうとした。 「待て。おい、おやじ。ここの店ではそばつゆに毒を仕込んでるんか?」 「な、なにをおっしゃいますか。そのようなことは…」 「とぼけるな。俺の鼻は犬並みやって言われてるんや。嘘やと思うんなら一回お前が食うてみろ」 「は、はぁ。ではお箸を…」 店のおやじは腰の後ろに手を伸ばした。 「お雪、伏せろ!」 夜叉丸は向かいの席に座っていたお雪を突き飛ばすと、 腰に提げていた小太刀『武蔵』を引き抜いた。 それとほぼ同時におやじの手から放たれた棒手裏剣が夜叉丸を襲った。 間一髪小太刀の刃で防いだ夜叉丸であったが、 もし小太刀を持っていなければ防ぎきれなかっただろう。 「貴様、忍びの者か。俺を黒翔組の夜叉丸と知ってか」 「いかにも。我は甲賀のセミマル。千両傷の夜叉丸、覚悟!」 セミマルは背後の机の裏に貼り付けてあったくさり鎌を剥がすと、鉄球のほうを夜叉丸に放った。 夜叉丸がわざと左腕を前に突き出すと、その腕に鉄球のくさりが巻き付いた。 「この夜叉丸、未だかつて力勝負で負けたことはない!」 夜叉丸が力一杯くさりを引くと、セミマルの身体がよろめいた。 「さすがだな。だが今日はまだ貴様を殺す命令は受けておらんのだ。  もしまた会うことがあればその時は容赦はせぬぞ」 セミマルは鎌をお雪のほうに投げた。 「ちぃ、させるかぁ!」 夜叉丸はお雪のほうに飛び、小太刀で鎌を弾いた。 鎌は軌道を大きくそらし、夜叉丸達の後方に飛んでいった。 「うわっ」 鉄球のくさりが左腕に巻き付いたままであったため、夜叉丸は鎌に引っ張られてバランスを崩した。 慌てて正面に視線を戻したが、セミマルの姿は跡形もなく消えていた。 「あいつ、なんで俺の命を狙ってたんや?」 夜叉丸は左腕に巻き付いたくさりを解こうとしたが、手先が不器用なために手こずっていた。 「ちょっと、突き飛ばすんならもっと優しくやってよ」 お雪が後頭部を押さえながら夜叉丸にくってかかった。 「なんやと!二回も助けてやったのに、なんやその言い方は!」 夜叉丸達が再び口げんかを始めていると、数人の男達が店に入ってきた。 「代官所の者だ。お前達に店主殺しの容疑がかかっている。一緒に来てもらおう」 「おい、ちょっと待てよ。俺らは関係ないって」 「その血痕の付いた鎌が何よりの証拠。話は代官所で聞こう」 「うるせぇ、このわからずやが」 夜叉丸が強引に腕を振り払うと、男は横に飛ばされた。 「ちょっと、バカ。なにやってんのよ」 「誰がバカや。バカって言葉は聞いてるとむかつくんや。どうせならアホって言え」 夜叉丸は完全に戦闘態勢をとっていた。


第四話「壺好きの 男色公家と 町奉行」

 壺の入った箱を抱えた黒虎が公家の屋敷の中に入ろうとすると、 門番らしき二人の男が道を塞いだ。 「おい、ここは畠山言継様が御滞在になられているお屋敷だ。  お前らのような下賤の者共が入れるような場所ではない」 門番のひとりがそう言って黒虎と鉄馬を追い払おうとしたが、 「私は京都町奉行の板倉右京様からの使いの者で、虎之介と申します。  主の命により、畠山様に京都の名のある陶芸家が作られた壺をお持ちしました。  ここに板倉様からお預かりした紹介文がございます」 と黒虎は涼しい顔で応え、懐から一枚の紙を取りだした。 「う、うむ。しばし待たれよ」 門番はそう応えると屋敷の中に消えていった。 鉄馬は黒虎がどこでそんな紹介文を手に入れたのか問いただしたかったが、 門番がひとり残っているため、後回しにすることにした。 その後しばらくすると、屋敷の中に入った門番が戻ってきた。 「畠山様からの許可がおりた。お連れの者は腰のものを隣の男に預け、俺についてこい」 そう言うと、門番は再び黒虎達に背を向けた。 鉄馬は隣にいたもうひとりの門番に小太刀を渡すと、黒虎と共に屋敷の中に入った。  門番に案内された池のある庭に面した部屋に入ると、 豪華な袴に身をつつんだひとりの男が座っていた。 「そちが板倉の使いの者か。はやくその土産物とやらを見せてみよ」 その男、畠山言継は待ちきれんとばかりに扇子で鉄馬達を手招きした。 「は。これがその壺でございます」 畠山よりも一段低いところに座った黒虎は、先ほど宿場町で買った壺を差し出した。 壺を手に取った畠山は少し怪訝な顔をした。 「畠山様。これは京都の陶芸家、えー、『菊正宗』殿がお作りになられた壺でございます。  畠山様ほどのお方であればその価値はご充分にお解りになられていることと存じますが」 と、黒虎がすかさず付け足した。 「あ、いや、もちろんじゃ。  板倉め、私が京都に居たときは貢ぎ物のひとつも持ってこない気の利かん男と思っておったが、  わざわざこんなところまで送ってくるとはなかなか見上げた心がけよのう。  帰ったら板倉に伝えよ、京都に帰ったらうまく取りはからってやると。  虎之介とやら、もう下がって良いぞ」 「はは」 ここで畠山は視線を鉄馬のほうに向けた。 「ところで、後ろの男、名はなんと申すか」 「鉄馬と申します」 鉄馬はそう答えて頭を下げた。 「ふむ。そちはここに残れ、話がある」 鉄馬がどう答えて良いものか困っていると、黒虎が後ろを向いて唇だけを動かした。 『俺ハコノ屋敷デシナケレバイケナイ事ガアル。オ前ハコノ公家ノ注意ヲ引イテロ。』 と、それを鉄馬が読唇術で理解して、しぶしぶ承知した。 黒虎は公家に一礼をし、まとわりつくような鉄馬の視線を感じながら部屋の外に出た。 そしてそのまま、周りを見渡すと素早く屋敷の床下に滑り込んだ。 隠密という仕事柄、これまでにも何度かこういうことをしてきたが、屋根裏に忍び込んだときに 足下の床が抜けて代官に槍で追い回されて以来、黒虎はこの仕事は嫌いだった。 「なんだこりゃ、蜘蛛の巣だらけじゃねえか。  くっそー、あんな小太刀2本であっさり引き受けるんじゃなかった」 黒虎が蜘蛛の巣を両手でかき分けながら前に進んでいくと、足に何かがぶつかった。 「うん、なんだこりゃ。…こ、これは…」 手に取ったそれを薄明かりに照らして見ると、思わずあっと声を上げそうになった。  一方、公家とふたりっきりで部屋に取り残された鉄馬は、居心地の悪さを感じていた。 「おほん。鉄馬よ、そんなに離れていては話もしづらかろう。もうちょっと近う寄れ。」 「は、はあ」 鉄馬が渋々畠山の前に進み出ると、畠山はいきなり鉄馬の両肩を掴もうとした。 「あっ」 と、鉄馬は反射的に身体を反転させ、畠山はそのまま前に転がってしまった。 「おのれ、何をする。ええい、誰か、誰かおらぬか!」 畠山が怒りに震えた声で叫ぶと、何処から湧いてきたのか数十人の男が鉄馬を取り囲んだ。 「斬れ、この無礼者を斬り捨てよ!」 畠山が後方に下がり、男達が一斉に刀を抜いた。 鉄馬も腰に手をやったところで、門番に小太刀を預けていることを思い出した。 喧嘩には自信のある鉄馬だが、この刃の間を丸腰で駆け抜けることは不可能に等しかった。 「鉄馬、絶体絶命!って感じやねえ」 鉄馬が呟くとほぼ同時に、数人の男達を乗せたまま一枚の畳が宙に浮き上がった。 「どおぉぉぉりゃぁぁぁぁ!!!愛と正義の戦士、黒虎見参!」 その場にいた全ての者が口をあんぐりと開けているなか、 床を突き破って土煙の中から現れたのは黒虎だった。 「鉄馬ぁ、ここに長居は無用だ。逃げるぞ!」 黒虎達は何が起こったのか分からないで錯乱している男達を殴り飛ばし、 一目散に外に駆け出していった。 「…あ。これ皆の者、何をしておるのじゃ。追え、追わぬか」  途中で門番を殴り飛ばして小太刀を取り戻した鉄馬達は、 町はずれのぼろ小屋の前まで逃げて来ていた。 「おい、黒虎。お公家さんを怒らせたりして、マズいんちゃうか?」 「怒らせたのはてめえだろうが。それに、あいつはただの公家じゃねぇ。  あの屋敷の床下に、男の骨が大量に埋められていた」 「何ぃ。じゃあ、俺みたいに誘いを断った奴をみんな殺して埋めてるってことか?」 「ああ。とんだ男色野郎だ」 黒虎がぼろ小屋の扉に手を掛けた途端、扉の隙間から伸びてきた白刃が喉元に当てられた。 「誰や」 小屋の中からこちらの出方を窺う声に、鉄馬達は聞き覚えがあった。 「夜叉丸!お前、こんなところで何やってんねん?」 「へ、兄貴か?」 小屋の中から姿を現したのは夜叉丸とお雪だった。 「あ、いや。いろいろあってな。それより兄貴達こそ早かったな」 役人を殴り飛ばしたことを鉄馬が知ったら怒られると経験から判断した夜叉丸は、 逆に鉄馬に質問した。 「ちょっと面倒なことになってな。警護の侍を殴り飛ばして逃げてきた」 「なんや、兄貴もか」 「『も』って・・・?」 鉄馬と夜叉丸はお互いの顔を見合わせたまま固まってしまった。 「おほん。そんなことより、まだあの屋敷には捕らえられた男達がいるようだ。  まずはそいつらを救い出すのが先決だ」 お雪の頭を撫でながら、黒虎がわざとらしく咳払いをした。 「あ、ああ。あの公家、このまま放っておくわけにもいかんな」 言ってみたものの、目の前に迫ってきた公家の顔を思い出した鉄馬は身震いした。 「あ、兄貴。その前に、これ、ほどいてくれへんか」 夜叉丸の左腕には、最初の何倍も複雑に巻き付いたくさり鎌がぶら下がっていた。  公家に迫られて抵抗しきれなかった若い男達は、屋敷の牢に監禁されていた。 夜の闇の中、牢の門番は眠気と必死の闘いを演じていた。 と、ふと目の前の蝋燭の炎が揺らめいた。 「貴様、いったいどゴッ!!」 鳩尾に強烈な一撃を食らって倒れた門番の声で、牢の中の男達は目を覚ました。 突如牢の前に現れた黒い影を見た男達は、恐怖を感じながらも口々に助けを求める言葉を発した。 「うるせえ。あーあ。  ったっく、女ならここで『キャー、黒虎さん素敵ー』とか言ってくれんのによ。  男を助けてもちっとも楽しくねぇぜ」 牢の外の男、黒虎は門番の懐から牢の鍵を取りだした。  「畠山様、大変です。屋敷内に何者かが侵入。牢の男達が逃げました」 「何!ええい、あいつらは麻呂のものだ。絶対に逃すな」 護衛の侍の報告を聞いた畠山は、布団から飛び起きると部屋の外に飛び出した。 「誰がお前のもんやねん」 月明かりに照らし出された屋敷の庭には、鉄馬、夜叉丸、黒虎の姿があった。 「そうや。兄貴は俺のもんや」 真剣な口調で答えた夜叉丸の言葉に、鉄馬はひっくり返りそうになった。 「畠山言継。朝廷の権力を盾に暴利を貪るだけでなく、  罪もない数多くの者を殺したことは調べが付いている。地獄に送ってやるから覚悟しろ」 仕込み槍の刃を飛び出させた黒虎は隠密の顔になっていた。 「ええい、麻呂を誰だと思っておる。者共、出逢え、出逢え!」 刀を持った男達が屋敷の奥から飛び出してくると、鉄馬と夜叉丸は小太刀を引き抜いた。 「行くぞ!」 鉄馬達は三方に別れて男達を次々となぎ倒していったが、 屋敷の奧に逃げていく畠山の姿を捕らえた鉄馬は真っ直ぐ畠山のほうに駆け出した。 「あ、ああ、鉄馬か。ど、どうだ、麻呂の側に仕える気はないか」 「丁重にお断りする!」 滅茶苦茶に扇子を振り回す畠山を、鉄馬は一刀のもとに斬り捨てた。  鉄馬が庭のほうを振り返ると警護の侍のほとんどは逃げ出していて、 夜叉丸達の姿も見あたらなかった。 隣の部屋を覗くと、公家が集めたと思われる壺や掛け軸の山の中、 夜叉丸が大きな箱の中身を見ていた。 「お、兄貴。これ、小判の山やぞ」 夜叉丸が指さした箱の中には、大量の小判が入っていた。 「あの公家、よっぽどあくどい集め方してたんやな。夜叉丸、取るなよ」 夜叉丸に釘をさした鉄馬は、自分達が買った壺と黒虎の姿が見あたらないことに気付いた。 「あれ、黒は何処に行った?」 「ん、ああ、代官所に壺を届けに行くってさ」 「は?」 鉄馬には黒虎の行動が理解できなかった。  「鉄馬ぁ、そう怒るなって」 次の宿場に向かう道中、お雪と並んで歩く黒虎は先を行く鉄馬に呼びかけた。 「怒りたくもなるやろ。あの壺、俺の路銀を全部はたいて買ったもんやねんぞ」 「だからぁ、俺達、この前の長池の宿場でも問題起こしてるだろ。  それでいろいろ厄介なことになってるから、お代官様に献上品として持っていって  うまく処理してもらうように頼んできたんだって言ってるだろ。  売り払って金に戻すよりもよっぽど有効な使い道だぜ。  それに、旅に必要な金ぐらいなら夜叉丸がちゃんと…、な。」 「な?どういうことや、夜叉丸」 「黒ぉ、バラすなよ。  いや、どうせお上に没収されるんやから、ちょっとぐらいええかなって思って」 夜叉丸は懐から数枚の小判を取り出した。 「はぁ、もうええわ。それより黒、お前、あの町奉行の紹介文は本物なんか?」 「うーん、本物といえば本物。そうじゃないといえば…」 「なんやそれ?お前のこと、ますます分からんようになってきた」 これ以上聞いても無駄だと悟った鉄馬は、額に手を当てて空を仰いだ。 「まあ、いいじゃねえか。空は青く、道は江戸に向かって真っ直ぐ伸びている、それだけでよ」 黒虎の豪快な笑い声が響きわたり、道の横を流れる川にさざ波が立ったように思えた。 第五話に続く


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