殿様千石たこ道中小説


三匹が斬る!外伝 第十幕


 戦いが始まると同時に、千石は幻狼を目掛けて一直線に駆け出した。 それに対し、黒装束に身を包んだ幻狼の「影」たちが千石の進路を塞ごうと立ちふさがる。 怒りに任せて刀を振るう千石であったが、次第に幻狼の「影」達に取り囲まれていった。 幻狼の「影」はそれぞれが二刀流の使い手のため、刃の森に迷い込んだような気分になる。 「どけ、命を粗末にするな!」 千石は斬っても斬っても次々と波状攻撃を仕掛けてくる「影」達に苛立ちを覚え始める。 「影」達の中に女や子供も混じっていたことが、さらに千石の苛立ちを増大させていた。 千石には、明らかな子供や名も知らぬ女の命を奪うことができなかった。 命を捨てて向かってくる相手に対して、ほとんど本能的にだが、急所を外して反撃していた。 しかしそのことが千石の精神に対して必要以上に負担を与えていく。 そのとき、別のところで刀を振るっていた平四郎が、千石と「影」達の間に割り込んできた。 「随分と頭に血が昇っているではないか」 「余計なお世話だ!」 平四郎と千石は背中合わせになり、向かってくる「影」達を斬っていく。 「千石、オオカミに囲まれたときの対処法を知っているか?」 「知らん!」 「群れの大将だけを狙うのだ!」 そう言い残すと、平四郎は幻狼を目掛けて駆け出した。 襲ってくる「影」は、進路上にいる者のみを峰打ちで倒し、足を止めることはない。 腕組みをしたまま微動だにしない幻狼だったが、 平四郎が自分に対する注意をそらした一瞬の隙を見逃さなかった。 幻狼は背中に背負った2本の刀を抜刀しながら大きく前方に跳躍した。 平四郎が正面の「影」を倒したのと同時に次の動作に移ったとしても、 幻狼の一の太刀は防げても二の太刀を防ぎきることができない。 幻狼が勝利を確信したとき、 最後の「影」を倒した平四郎が突如、身体を反転させ、幻狼に背を向けた。 「何だと?!」 次の瞬間、平四郎のすぐ横をひとつの黒い影が駆け抜けた。 黒い影、千石の同田貫が唸りを上げて空を切り裂く。 「ちっ」 空中で身体を制御しきれない幻狼は、 下からの千石の斬り上げに対し、2本の刀を交差して受け止めた。 衝撃で大きく弾かれた幻狼が後方に着地する。 「久慈慎之介…!」 「貴様は俺が斬ると言っただろう」 千石と幻狼の間に、互いの剣気が渦巻いていた。  「おのれ下郎、下がれ、下がれぇ!」 悲鳴に近い声を上げながら滅茶苦茶に刀を振り回す宗像大膳の左胸を、陣内の槍が貫いた。 「ぐ、ぐうう」 宗像は左手で槍を掴み最期の足掻きを試みるが、 もはやその身体に抵抗するだけの力は残っていなかった。 陣内が槍を引き抜くと同時に、横に崩れ落ちていった。 「お、おのれ…」 それを見たハルスが林のほうに向かって駆け出した。 「逃がさないよ」 陣内が後を追おうとするが、その前にハルスの部下とドルバルが立ち塞がった。 「ドルバル、そいつらを皆殺しにしろ!」 ハルスが叫びながら林の入り口に差し掛かったとき、 林の中から全身傷だらけの着流し姿の男が姿を現した。 「お、おまえは、ジーンハット!」 「あいつは…」 もはやその眼に生気はほとんどなかったが、それは千石と陣内が山の中で戦った男であった。 「その男、俺に傷を負わせた男だ!」 その時離れた位置で刀を振るっていた右近が叫んだ。 「えっ」と声を上げた陣内が、右近とジーンハットの顔を見比べる。 「ちょうど良いところに現れた。お前もあいつらを足止めしろ」 その言葉を残して逃げ去ろうとするハルスの腕を、ジーンハットが掴んだ。 「娘に、娘に会わせてくれ」 死を悟ったジーンハットは生気のなくなった目で懇願した。 「は、離せ。あいつらを殺せ。そうすれば会わせてやろう」 「任務をこなせば娘に会わせてくれるという約束のはずだ。  もう俺はいくつもの任務を果たしてきた。もう十分だろう。頼む」 必死に腕を振り払おうとするハルスだが、 ジーンハットの力は死を目前にした者とは思えない程のものだった。 「ええい、離さぬか。娘など知らぬ。この役立たずめ!」 怒りの形相のハルスは、持っていた剣でジーンハットの右胸を貫いた。 「ぐ、ぐお…。貴様…騙したなあ!」 胸を貫かれたジーンハットは、ハルスの腕を掴む拳にさらに力を加えた。 「ぐ、ぐわああ!」 その尋常でない力にハルスが悲鳴を上げる。その手から剣がこぼれ落ちた。 「こんな、こんな傷を負っても死ねない身体にまでなったというのに!」 ジーンハットは自分の右胸に突き刺さった剣を引き抜くと、 ハルスの左胸に突き立てた。 「ぐぼっ!!」 ハルスは口から血を吐き、絶命した。 剣を引き抜いたジーンハットもまた、 虚ろな瞳のままでフラフラと2,3歩進んだところで仰向けに倒れ、 そのまま動かなくなった。 「阿片、悪魔の薬の犠牲者か…」 右近は左右から斬りかかってくるハルスの部下達を斬り捨てながら、心の中で合掌した。  千石と幻狼の戦いは、一進一退の攻防を続けていた。 千石が間合いを測るより早く、幻狼が次々と剣を繰り出していく。 二刀流という間合いの測りにくい得物で相手の先の先を取り続けることにより、 常に自分の呼吸で勝負を進めていくためである。 その幻狼の作戦は効を奏していたかのように思えた。 反撃の間もなく連続で繰り出される2本の刃が、何度も千石の着物をかすめて行く。 だが、これは千石の狙いであった。 相手の刀を最小限の動きで避けながら、相手の太刀筋を正確に読んでいたのである。 次第に、攻勢を仕掛けている幻狼のほうが、疲れから剣速を鈍らせる。 一瞬の隙を付いた千石の払い上げを、幻狼は後方に大きく飛び退いて避けた。 「我が変幻自在の殺人剣を相手にここまでやる男がいたとはな」 幻狼は急に会話を始めた。 乱れた呼吸を整え、次の一撃に勝負を賭けるための時間稼ぎである。 「以前、お主とよく似た太刀筋の男と刀を交えたことがあってな。  確か、オオカミに育てられたという男だったように思うが…」 だが何故か、千石もそれ以上の追い討ちを掛けようとしなかった。 じつは千石は、この戦いが始まる前に自らの脇腹に刀を突き立てていた。 激痛によって幻狼の呪縛から逃れるためである。 今までの戦いの中、小さかった傷口が徐々に開き始め、 もはや立っているのがやっとの状態であった。 千石もまた、次の一撃に勝負を賭けざるを得なかったのである。 「オオカミに育てられた男だと!…クククク、それはおそらく、俺の影のひとりだろう」 「何…?」 「俺はこれまで捨てられた赤子を何人も拾い、山で殺しの術だけを学ばせてきた。  修行の途中、里に迷い出た愚か者がひとりやふたりはいたはずだ」 幻狼はまるで他人事のように言い放った。 「貴様、何の目的で罪もない赤子に殺しの術など教えている!」 「ククク…、あいつらは元々、私が拾わなければ死んでいた者たちだ。  親の愛情を受けたことのないあいつらは、  何のためらいもない非情剣を振るうことができる。  あいつらの中にあるのは、群れの首領である私に対する絶対の忠誠だけだ。クククククク」 地の底から響いてくるような低い笑い声に、千石は心底嫌悪感を覚えた。 「何が絶対の忠誠だ。女子供を殺しの道具にしやがって!!」 「貴様に、一体何が分かるというのだ。捨てられた者の気持ちが分かるのか!!」 「分からぬな。貴様のやっていることは、より多くの不幸な子供を生み出すだけだ」 「…俺が今回この仕事を引き受けたのは、  平和に溺れて腐りきった今の幕府を打ち倒し、この国を新たに作りかえるため。  それを邪魔するものは全て、葬り去るのみ!!」 幻狼は地を蹴った。 この時千石はふと、目の前に迫るこの男がどこか自分に似ていることに気が付いた。 考え方こそ全く異なるが、お互い自分の信念は何としてでも貫き通そうとする。 剣を振るい続けることによって自分の生きる道を証明する不器用な男たちである。 だがどんな理由があるにせよ、幻狼がやっているのは許されることではない。 千石は大きく息を吸い込み、迷いを捨てた。 幻狼の一の太刀を、千石は身体を捻って避けると、 二の太刀が繰り出されるより早く、その左肩に同田貫を食い込ませた。 「だりゃああああああぁ!!」 千石は右から左から、2度3度、幻狼を袈裟懸けに切り刻んだ。 「…久…慈……慎之介、この国を…変えてみせろ。お前…なら……それも可能なはずだ…」 「…生憎と、俺はそんなつまらぬことに興味ないんでな。  俺の夢は、千石で仕官し、蝦夷に浪人の国を作ることだ!」 「フ、フハハハハ…」 幻狼はそれまでとは異なる高らかな笑い声を上げると、そのまま後方に崩れ落ちた。 一方の千石も、緊張の糸が切れて身体を支えきれず、足元に崩れ落ちる。 着物の中から左脇腹に手をやると、その手にどす黒い血がべっとりとまとわり付いた。 「千石、大丈夫か!」 そのとき、粗方の敵を倒した平四郎が駆けつけた。 「ああ、ちょっと腹が減っただけだ」 千石は脇腹の傷を隠し、笑顔で応えた。 「それより殿様、まだとんでもない野郎が残ってるじゃねえか」 千石は、身体に無数の傷を負いながらも 敵味方関係なく槍の間合いに入るものを次々と弾き飛ばしていくドルバルを指差した。 「はやく片付けて、いつもの紙吹雪を見せてくれよ」 千石は満面の笑みで笑いかけた。 「……分かった」 平四郎はそれだけ応えると、千石に背を向けて立ち上がった。 「はやく…しろよ」 遠ざかっていく平四郎の背を見つめていた千石の視界が白くぼやけ、真横にドサッと倒れた。  ドルバルを数人で取り囲んで斬りかかっていく右近の配下達だったが、 ある者はまるで鯨漁を行っている漁師のようにあっさりと弾き飛ばされ、 またある者は三叉の豪槍の餌食になっていた。 「下がれ。そいつには手を出すな!」 宗像大膳の残党を始末した右近が走ってきた。 そしてドルバルの正面に位置取り、刀を構える。 ドルバルの槍が右近をその刀ごと叩き潰そうと振り下ろされたとき、 横から伸びてきた槍がドルバルの豪槍を弾いた。 「右近、駄目だって。まだ傷が癒えてないでしょ。そんな身体じゃこいつには勝てないって」 「タコ!」 横から飛び出してきた陣内が、右近とドルバルの間に割って入る。 ドルバルの姿を見た陣内は愕然とした。 巨大な全身の黒褐色の肌からどす黒い血が噴き出し、その瞳は焦点が合っていなかった。 ドルバルはまだ幼い頃にメリケン国に連れてこられて以来、 主人であるハルスの命令のみを聞く奴隷戦士として育てられてきた。 ハルスが死んだ今、敵を皆殺しにするという最期の命令を完遂しない限りは、 心臓が止まる一瞬まで戦い続けることだろう。 「こ、こんなのに勝てるのか…」 手負いの獣のようなその姿に、陣内は困惑の表情を浮かべた。 そのとき、駆けつけてきた平四郎が陣内と並んで刀を構えた。 「あ、殿様、ちょうどいいところに。手を貸して…」 「タコ、槍を貸せ!!」 「え…?」 突然の平四郎の言葉を、陣内は一瞬理解できなかった。 「早くしろ」 「あ、うん」 有無を言わせぬ平四郎の口調に、陣内は戸惑いながらも槍を差し出す。 平四郎は左手で受け取った槍をクルッと一回転させると、 脇腹から左腕で抱え込むようにして槍を構えた。 「せめてもの武士の情けだ。これ以上苦しまぬよう、すぐにあの世へ送ってやる」 その言葉に、ドルバルは「ウオーーー!」という唸り声で応えた。 平四郎は自分に向かって繰り出された豪槍の三叉に、陣内の槍を挟み込んだ。 そしてテコの原理で斜め下に払い落とす。 間合いが完全に崩れたところで、平四郎は前方に跳躍した。 「ずぇえい!!」 気合と共に振り下ろされた刀は、 ドルバルの頭から身体の中心をバッサリと切り裂いた。 ドルバルは何か言いたげに口をパクパクさせると、仁王立ちのまま絶命した。 殿様 「す、すごい。…あれ、千石?」 あまりの平四郎の強さに唖然としていた陣内が顔を横に向けると、 ぐったりと横に倒れたまま微動だにしない千石の姿が目に入った。 「千石ーーー!!」 陣内の叫び声に、全員の視線が千石に集まった。  「千石、しっかりしなよ、おい!」 平四郎、陣内、右近、陣之介、リューズ、小春… 戦いを終えた者達が千石を取り囲む中、陣内が必死に千石に呼びかけていた。 「…う、うう、何だようるせえな。俺は死なねえって」 千石がうっすらと眼を開けた。 「なんだよ、もう終わっちまったのか」 千石は力ない笑みを浮かべる。 「ああ、全て終わった」 「殿様…ああ、そうだ。いつものやつ、見せてくれよ」 宙を泳いでいた千石の瞳が、平四郎に向けられた。 「うむ」 平四郎は大きくうなずいた。 そして懐から懐紙の束を取り出すと、 血の付いた刀の刃を根元から切先にかけてスーッっと滑らせる。 平四郎がその懐紙を宙に放り投げると、 懐紙の束は空宙でバラバラになり、辺り一面にはらはらと舞い落ちてきた。 「綺麗だ…」 千石はそう言うと、穏やかな表情のまま静かに眼を閉じた。 「千石、おい、千石、眼を開けろよ!」 「千石!」 「千石さん!」 一同が次々と呼びかけるが、千石は眼を開かない。 「千石ーーーーーー!!」 皆が顔を伏せる中、陣内が震える手で懐から一枚の紙を取り出した。 「千石、これ、グス、燕流、ヒッ、羅那毛允って言うんだ。  グス、傷に良く効くんだよ、ねえ、ヒック」 眼に一杯の涙を浮かべながら千石の脇腹に薬草の塗られた紙を貼り付けていく陣内の姿に、 他の者も涙を堪えきれないでいた。 と、その時、 「痛ってえーーー!!タコ、何を貼りやがったんだ!!」 突如飛び上がった千石が、陣内の頭を思いっきりはたいた。  「それにしても、病み上がりなのによく食べるわねえ」 千石の豪快な食べっぷりに、お恵は目を丸くしていた。 「ひがはりへえんだよ。はびひでるほくえへえから、くっほかないほ」 「ちがたりねえんだよ。たびにでるとくえねえから、くっとかないと」 口に飯を一杯に入れてご飯粒を飛ばしながら喋る千石の言葉を、陣内が同時通訳した。 旅立ちを前に、平四郎達はお恵という女性が切り盛りする居酒屋「はな屋」に集まっていた。 お恵は、昔平四郎達と共に味修行をしながら旅したこともある仲間である。 「小春、本当にメリケンには戻らなくていいのか?」 酒を口に運びながら、平四郎が真剣な面持ちで娘の小春に尋ねた。 「ええ、私、父上が生まれ育ったこの国をもっと見てみたいの。  それに、お千さんが面倒みてくれるって言って下さってるし…」 平四郎が小春と同じほうに顔を向けると、 派手な原色の着物に身を包んだお千が椅子に座り、こちらに向かって手を振っていた。 「いいのか、お千」 「うん。うち、広いからね。1人ぐらい増えても大丈夫だと思うよ。  ちゃんとこの国の礼儀作法も教えてあげるから、心配しないで」 お千、本名を千鶴姫と言い、その正体は笹間藩のお姫様である。 ただ、武芸百般に通じていて三匹とも旅したことがあるオテンバ娘であり、 お恵の店に時々、お忍びで遊びにきたりしている。 「でもさあ、お千ちゃんに習ったらますます男勝りになっちゃうんじゃない?」 陣内が言葉を言い終えた瞬間、その後頭部に湯飲み茶碗が命中した。 「痛っ!」 「失礼ね」 お千が頬を膨らませる。 「ちょっと、うちの商売道具は大事に扱ってよね」 追加の料理を運んできたお恵に睨みつけられたお千は、ぺロッと舌を出した。 「お恵ちゃん、俺の頭の心配はしてくれないの?」 後頭部をさすりながら、陣内が口を尖らせた。 「師匠、大丈夫ですかぁ」 お恵に代わって、陣内の弟子のお涼が心配そうに後頭部を覗き込む。 「ちょっと、真昼間っから何をイチャついてんのよ!」 陣内とお涼の商売敵、完全に酔いが回っているお軽が口を尖らせた。 「師匠、師匠がいなくなっても私、お軽さんには絶対に負けませんからね!」 「う、うん、ほどほどに頑張ってね」 お涼は彼女なりの強い決意に燃えていた。 「あのお、父上、よろしいでしょうか」 それまで会話に入れないでいた陣之介が口を開いた。 「ん、何?」 「リューズさん達のことなのですが、無事にメリケンに帰れたのでしょうか?  今回の事件で、彼らに対する風当たりは随分と強くなっていると思うのですが…」 陣之介が心配そうに尋ねると、右近が陣内に代わって答えを述べ始めた。 「そのことなら、俺が上様に直接、今回の事件の全てをご説明しておいた。  上様としても必要以上に異国を刺激したくないというお考えでな。  船と食料、水を与えた上で国外退去ということで落ち着いた。  まあこれも特務奉行の特権だな。  これから数日は山ほど仕事が残っているわけだが」 ウンザリといった表情を浮かべる右近の話を他人事のように聞いていた陣之介だったが、 「お前も手伝うのだぞ」と言われ、同じ表情になった。 「そう言えば、例の影部隊の生き残り達も、一緒にメリケンに渡ったそうだ。  まあ彼らにとってそれが本当の幸せなのかどうかは分からんが、  争いの全くないこの国よりは多くの可能性を秘めたメリケンのほうが、  彼らの生きる道も見つかりやすいのかもしれんな」 そう言うと、平四郎は杯に残っていた酒を飲み干した。 「さてと、そろそろ行くとするか」 これから旅立つ者とは思えないほど大量の食べ物を胃袋に詰め込んだ千石は 同田貫を腰に差しながら立ち上がった。 「そうだな」 平四郎と陣内も立ち上がると、集まった者たちと別れの言葉を交わした。  「待ってよー。殿様、千石さん、タコさーん!」 三匹が江戸の外れに差し掛かった時、旅装束姿のお蝶が後ろから追いかけてきた。 「お蝶、何だその格好は…」 「私も一緒に旅しようと思ってね。そろそろお芝居の脚本もネタ切れなのよ。  殿様たちと旅してれば、ネタは尽きないから。  でも、どうしてまた旅に出ることにしたの?」 お蝶は小首を傾げた。 「なんとなく、だな」 「おう」 「うん」 3人は顔を見合わせると、理由もなく笑みがこぼれてくるのが分かった。 「ふうん。で、どこ行くの?」 お蝶が興味津々に尋ねると、 「蝦夷だ。俺が創る浪人国の下見に行く!」と千石が胸を張って応えた。 「実は美味しい食べ物が目当てなんじゃないの?」という陣内の茶化しにも、 千石は「そんな単純な目的ではない!」とムキになって応える。 ふと、平四郎が 「そういえば蝦夷は鮭が美味いと聞いたことがあるな」 と呟いた。 「ふん。鮭など、俺には縁のない話だ」 「いや、蝦夷では誰でも手づかみで獲り放題だそうだ」 平四郎のこの言葉を聞いた瞬間、千石の目が輝いた。 「何、殿様、それは本当か!」 言うが早いか、千石は突然、駆け出した。 「おい、千石、どうしたんだ?!」 「鮭がなくらないうちに蝦夷に行かねば。鮭、サケ、さけ、酒の肴に魚の鮭!!」 「お、おい。そんなに慌てずとも、鮭はなくらなぬぞ!」 平四郎がこの言葉を発したとき、千石の姿はすでに豆粒のように小さくなっていた。 「ちょっと待ってよ、千石さーん」 「友よ、北へ向かえ!ってね」 お蝶と陣内も慌てて駆け出した。 「は、はっはっはっは!!」 最後尾を悠々と歩く平四郎の高らかな笑い声が、一面の青空に響き渡った。 完


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